遠藤周作さんの作品のなかで最も有名と思われる名作「沈黙」。この沈黙の創作秘話や文学と宗教の関係についての講演録をまとめたのが「人生の踏み絵」です。一番面白かったのは,「沈黙」の創作秘話について語られている「人生にも踏絵があるのだから ー『沈黙』が出来るまで」です。以下の文章が印象に残りました。
戦後の人たちも今の人たちもでも,やっぱり多かれ少なかれ,人生の踏絵というものを持って生きてきたはずです.われわれ人間は自分の踏絵を踏んでいかないと生きていけない場合があるんです.
今の日本人は理想や憧れの生き方を政治や社会情勢のために押し殺して生きていかないといけない、ということは殆ど無いでしょう。ただ、現代日本人も「自分の踏絵」を持って生きているというのは賛同できるのではないでしょうか。
ここで「踏絵」というのは、ただの「挫折」とは異なります。「踏絵」を踏まないとキリシタンと認定され、踏まなかった本人だけではなく家族まで罰せられる可能性があります。少なくとも周りの非キリシタンから家族は白い目で見られるでしょう。「踏絵」を踏まずに信念を貫くという行為は、他人を傷つける恐れがあるのです。「踏絵」を踏んでしまう人は弱い人間かもしれませんが、同時に周囲を傷つけたくない人ということができます。おそらく私は目の前に踏絵を差し出されたら踏んでしまう弱い、平凡な人間でしょう。「沈黙」はそんな弱い私のような人間にフォーカスして描かれた小説なのだ、と思うと「沈黙」をもう一度読み返したくなりました。
また、主に西洋のキリスト教文学について語った「文学と宗教の谷間から」もとてもおもしろかったです。特にモーリアック「テレーズ・デスケルウ」についての文章がとても印象に残っています。遠藤さんは、この小説のおもしろさを人間の混沌とした心理を描いたことであり、ある行動をした心理を一つの心理で片付けていないことだとしています。そして、遠藤さんは小説「海と毒薬」はこの作品の影響を受けたものだと語っています。確かに読み返してみると、作品の冒頭で戦後の勝呂が独り言のようにつぶやいた言葉などには「テレーズ・デスケルウ」の影響を感じることができます。
この本を読むことによって、「沈黙」などの名作をより理解できるとともに、小説の裏にある遠藤さんの人生観や人間観が少しわかる気がしてとてもおもしろかったです。遠藤作品をよりおいしく味わうためのスパイスのような存在でありながら、ひとつの料理としても十分に味わえる、そんな一冊です。
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